長い間、夢の中にいるような気がしています
“イマココ”を意識出来ないのが原因なのだろうと思います
目の前に起きていることに対してその時なりの精一杯で対応するけれど
なんと説明すれば良いか…いつもどこか他人事のような、というか
アタオカな説明で良ければわたしはパラレルワールドにいるような感じなんです(笑)
うーん、逆かな。
イマココすぎて他の視座を持っていなかったか。
未だに良くわからないのですが
人生は後ろ向きに歩くのが良い、ということだけはわかりました
“後ろ向きに”、と言うのは当たり前だけれどこの世的ではなく、ね。(笑)
時間は未来からやって来ます
好むと好まざるとに関わらず、必ず未来から来る。
そしてそれはどんなものであれわたし達にとって”最善”なものが流れて来ます
その瞬間を切り取れば痛いものもあるけれど
“わたしの人生”という大きな流れの中では確実に最善だと言えます
まずはそれを心から信じること、これが新しい毎日への第一歩とも言えるかもしれません
必ずわたし達にとって良いものがやって来るのだと思えば
後ろを向いて進むことも怖くありません
何かを選択しなければならない場面でも、それが何なのかを目では見ずに
“こっち!”と、直感に従えば必ず面白いことになる。
そして後ろを向いているからこそ見えて来る人生の”これまで”を眺めると
今日まで無事にいられることに感謝がわいてきます。
些細な幸せが寄せ集められて今日までの足跡になっていることを理解するから。
でも…暗かった日々も確かにあるのです
痛かったこと、苦しかったことがありました
一人ぽっちでいたように感じたその日々に
実は目に見えなくとも、わたしは決してひとりではなかったこと
そこに気が付けばわたし達は
その苦しみを丸ごと包んでくれる温もりに出会うことが出来ます
目に見えない世界が時間に制限されていない、ということがここで大きなヒントになります
泣いているわたしに、わたしが気づいてあげるとき
あの日のわたしが孤独ではなくなるのです
痛かった日にわたしは何を叫んだのか
どんな気持ちだったか
それをどうしたか
深い安心の中、後ろ向きで進みながらその日を振り返り
寂しかったわたし、辛かったわたし、悔しかったわたしを
心ゆくまで解放し、介抱することを始めると
わたし達は本来のわたし達として統合が始まります
目に見えない世界だけでは足りず
目に見える世界だけでは覚束ない
感謝だけで過ごせないように憎むばかりでもいられない
前を向いて、遠くの未来に胸を躍らせるのも良いでしょう
でも、在ったことを忘れてしまうならやはり後ろを向いてみるのも良い
表裏一体、闇は光、右廻りは左廻り
それを理解することがどうやら大切なようです