人生とはこのようなものです。
“あるひと”は、大海原を旅することを夢見ています
“ほかの誰か”が、何処の誰とも知らない企業が準備した
超豪華客船に乗り込みラクに旅をしたいな、と
招待されるに相応しいひとになるべく
あれこれと学びを深め、人脈を構築し、お金をたくさん待とうと努めるのを気にも留めず
大好きな山や海へ出かけ、枝を拾い集め縄をなって
美しい貝殻や石を胸ポケットに入れました
しばらくそうこうするうちに
“あるひと”は海に出るための河口に辿り着きます
そこで、集めた大切なあれこれを使い
じぶんひとりが乗れるだけの小さな筏を組み始めました
“ほかの誰か”も、ご希望どおりの豪華客船に乗り込むことが出来たようです
“あるひと”が、時々手を休めて川で水浴びをしたり
空の星の美しさに見惚れて夜を過ごしているうちに
“ほかの誰か”を乗せた豪華客船は早々と、何処かの大陸を目指して海原へ出航したようでした
時は流れ流れて
“あるひと”の筏もやっと完成しました
それは手作業で作ったものでしたから
ところどころが歪ではありましたが、”あるひと”にとって大切なものだけで仕上げた
それはそれは美しく、旅を思うだけで心が踊るような素晴らしい筏でした
さて豪華客船に乗り込んだ”ほかの誰か”は、これでやっと
日毎夜毎に催される素晴らしいショウに酔ったり
陸地でしか口に出来ないはずの食材を贅沢に使った食事を海上で楽しんだり
日がな一日何もせずゆったりと過ごせるぞ、と
これまでの苦労が報われる日が来たことを喜んでいました
ところが何ということでしょう
“ほかの誰か”が案内されたのは
輝く波を見ることもできないような船底の小さなお部屋でした
唖然とするばかりのその隣を
恭しく傅いた船員たちの列に見守られながら”もっとほかの誰か”が
一等船室があると思しき階段へ誘われています
“ほかの誰か”は悲しくなりました
あんなに頑張ったのに
歯を食いしばって耐えたのに
大切なひとも蹴散らして
誰のことも信じず、ひたすら上を目指したのに。
豪華客船に乗り込む列に並べた、と喜んだときの
期待に満ちた心はもう、すっかり萎んでしまいました
さて、”あるひと”の旅はどうなったでしょう。
“あるひと”の筏はほんの小さな筏でしたから
“あるひと”は荷物を何ひとつ積み込むことは出来ませんでした
けれども、”あるひと”はそんなことなど気にせず
それなら荷物がなくても
この素晴らしいお気に入りの筏でならば
たとえなんの変哲もないすぐ近くの島へでも
旅ができるのならそれだけで素晴らしいのだからと港を出発しました
それぞれの船旅は続きました
そしてある日、海は突然の嵐にみまわれました
吹き荒れる風や波に煽られ豪華客船は転覆してしまい
船に乗っていたひとは
誰ひとり残らず大海原へ投げ出されてしまいました
豪華客船は
たくさんの素敵に見えるものを積み込んでいましたが
実は大切なこと「整備」が疎かになっていたのでした
何処の誰ともわからない企業は、不誠実だったのです
同じとき、”あるひと”の筏もおなじように転覆しましたが
小さな筏でしたのでそんなに遠くまでは行けませんでしたから
“あるひと”はどうにか泳いで筏を手繰り寄せ
なんとか近くの小さな島まで辿り着きました
果たして、たどり着いたその小さな島は
入江から見渡す限り美しい島でした
豊かな木々の緑が萌え、鳥がさえずり
足元の達には小さな虫たちもたくさんはいまわっています
“あるひと”はこの島を知りたい、と強く思い
大切な筏をさえ、そこに置き去りにして
裸足で斜面を登り始めました
さて
このお話の”あるひと”はあなたかもしれません
島はこれまで見たことも聞いたこともないような素晴らしい島でした
あなたは何を見つけるのでしょうか
何を味わい、何に出会うでしょう
世の中の多くのひとは
“ほかの誰か”のような生き方へ流れています
この世に生まれた誰しもがどこかで旅の終わりの日を迎えるのです
いつ、何処でどのようにその日を迎えるか
それは誰にもわかりませんから
海に投げ出されたこと自体が不幸だとは言い切れません
ただ、船に乗り込むためにと全力で頑張った日々の報いが受け取れなかった、というだけでした
人生は船旅のようなものであるのだから
誰よりも立派な船に優先的に乗り込み
飲めや歌えの愉快な毎日を送ろうと躍起になって
資格を取得するために苦行に立ち向かうことが”正解”と思われています
楽しいことは、後で。
遊ぶことも、ゆったり休むことも我慢して
時には涙を浮かべながら
競争に勝つために、
いつか報いを受け取るために、と
歯を食いしばって頑張れ、と世の中は言います
あなたが、乗り込もうと選んだ豪華客船は
もしかしたら整備不良かもしれないのに
それを知るひとは誰もいません
それでもあなたはそんな船に乗り込みたいでしょうか
万に一つの整備不良の可能性には目を留めないでしょうか
どうせいつか死ぬのなら
毎日は自分らしくいきいきと楽しいほうが良い
もし、そう感じるのなら
毎日毎分、あなたは
あなたが本当にやりたいこととしっかり向き合い
苦労さえ楽しみながら過ごすのも素敵かもしれません
枝を切るときに棘が刺さってしまうことがあっても
美しい石が一つしかなくても
なった縄が不恰好で見栄えがしなくても
縄を縛るときに掌をすりむいても
あなたが作り上げた筏は
世界に一艘しかないあなただけの筏ではありませんか
人生が船旅であると思っていたけれど
実はそれは人生の前半部分に過ぎず
本当に楽しいのは小さな島であなたを待つものに出会うことだとしたら
豪華客船に乗り込むことにどんな価値があると言えますか
いつ、終わりの日を迎えても後悔しないよう
わたし達は自分のやりたいことをやれば良い
それだけなのかもしれません